先日、二週間限定公開のマイケルジャクソン、ドキュメンタリーフイルムを観てきました。急死してしまったため、公演できなかったロンドンライブ、そのリハーサル風景などを曲ごとにつなげて、ライブフイルムのようになっていました。
私の思春期、スリラーとか全盛期だったマイケルジャクソン。でも私は見てません。残念です。おうちがほとんどの娯楽禁止だったためです。テレビ、ラジオ、レコード、CD、週刊誌雑誌などなど一切。
それで思春期の私はどうやって音楽を取り入れていたかというと、塾の入っているビルの一階にある本屋さんのBGMや、商店街の有線放送などで気に入った曲を耳にすると必死に聴いて覚え、家に帰ったあと、母親が炒め物などをしている(音の大きい料理をしている隙をついて)ときに、覚えてきたメロディを弾く。友人宅で聴いた曲を覚えたり。
上京して一人暮らしをしても、禁じられていたという無意識は縛りとなるのです。店でCDを借りたり、買ったりという行為がどうもできないのです。でも、友人宅で聴いたり、貸してもらったりというのは唯一気持ちの縛りがなかったので、できました。
マイケルジャクソンのhuman nature は、そうした友人とのやり取りの中で知った曲で、詳しいいきさつは忘れてしまいましたが、涙が止まらなかったほど感激した歌でした。歌詞カードがなかったので、必死で聴きとり、聴きとれない部分は、語学堪能な、当時上京してきていた弟にも頼んで、9割がた。それを一生懸命意訳して日本語の歌詞にした。
ピアノはいろいろ弾いていたけど、弾き語りを練習し始めたばかりだった自分は、人前で歌うなんてもってのほかだったのですが、あるブルースバンドライブの合間でボーカルが休憩している合間、急に一曲歌うことになってしまい、心臓がおえって喉から飛び出てくるかと思う位緊張するなか、たった一曲の持ち曲を披露したのでした。
初めてのライブでの弾き語り。それがhuman natureだったんす。
フイルムの中で、human natureは、何回も出てきました。マイケルジャクソンは、天国と通じてるみたいに歌っていました。もういない。
「愛なんだ。」と、スタッフとのやりとりで何度も繰り返す。
愛なんて、私にはなじみがない。キリスト教にも神は愛とかでてくるけど、距離感があってうなづけない自分だったけど、映画を見て帰ってきて眠り、朝お風呂を掃除していたら、ふと気付いた。
愛っていうのは、創造するってことなんじゃないかって。
ものでも、音でも。命を創造すると考えれば、男女の愛も受け入れられる。たとえ男女の愛とか家族の愛とかが信じられなくても、命が命として生まれること自体が神に創造された証だと思ったら、生きていること自体がすでに愛されているということだ。生きていることはかけがえがなく、すばらしいのだと、この年になって、ようやくさざ波のような感情が湧いてきたのでした。
マイケルの愛は、命をかけて映像になって、世界中に波及しているのかもしれないですね。
ちなみに今度7日からは「moon walker」という別の映画が三週間限定で上映されるそうです。今回の「THIS IS IT」の半券を持っていくと、割引で観賞できるそうです。
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